「セラピーではなく」の追記

プレイバックシアター関連の記事はこちらに…と思っているのですが、
「セラピーではなく」という記事は、実はセラピーについて大切なことを扱っていたなぁと思ったので、セラピーやヒーリングを扱うブログにアップしました。



今回は、プレイバックシアターにおける大事なことを追記します。
(ついでに以下の記事も読んでみてね)

この記事にもあるように、
プレイバックシアターにおいて、
深い気づきはその人が飾らない状態でいるときに、ついっとやって来る感じがしていますが、もうひとつ、大事な要素があるように思います。




それは、傾聴と観察です。
(ひとつって言ったのに…2つあるやん…)




傾聴という言葉遣い自体、もうセラピー仕様な感じがしますが、なぜ大切なのか、お話ししたいと思います。



プレイバックシアターは、

実際に体験したことをお話ししてもらい、

アクターとミュージシャンがその場で、

打合せなしで、

3~5分ほどの即興劇にして再現する、

というものです。


お話ししてくれる方をテラーと呼びます。


テラーは、

舞台上にあるテラー席へ赴き、

極めて個人的な体験談と、

そのときの感情を語ります。



プレイバックシアターには、

その場で起こることすべてを目撃する、

観客がいます。


テラーは数人の観客(5~6人のときもあるし、100人近くいる場合もあります)の前で語るので、思っている以上にエネルギーを使います。

実は、身体全体も、感情も、脳みそも、フル稼働な状態です。


人前で語るというのは、とてもパワフルな体験です。
(中には、それだけで8割方癒されるという方もいるようですが、それについては、また別の機会に)


そんな非常に繊細な、

とても傷つきやすい状態のテラーに対して、

極力負担をかけずに、

お預かりしたお話をどう再現するか…。



アクターもミュージシャンも、

お話を聴きながら(しれっと涼しい顔をしていますけど)、

脳内はフル稼働で、その場に必要な表現、最善最適を模索しています。



その材料となるのが、傾聴なんです。



傾聴の目的は、相手を理解すること。


プレイバックシアターの目的も、

相手を理解すること。


お話ししてくださるテラーの立場になって、その方の気持になって聴く、
共感的理解に基づいた傾聴を行います。



そして、もうひとつの大事なポイントが、

観察です。



言葉では表せない、

まだ表面に浮かんできていない感情が、
誰にも在るものです。

そういったものは、

身体の動きやその人が纏う雰囲気として、
表現されていることが多いのです。



アクターは、テラーのお話を傾聴しつつ、
テラーの表情や、指先、足先、

身体の向きや動き、
声のトーン、ブレス(息継ぎ)まで、
こと細かに観察しています。



もっと言えば、
テラーを募ってから、どなたかがテラー席に着くまでの時間がどれほどかかったか、
語ろうと決意した瞬間、どんな表情で、どんな動きをしていたか…
などなど、観察できることは、無限にあります。


今回参加した合宿のような場では、
自由時間の過ごし方や、食事の時間、誰かとの語らいの時間、ちょっとした行動、発言…などなど、テラーとして語るために影響していることは、山ほどあるかと思います。



アクターとして立つとき、
ミュージシャンとして支えるとき、
そういった諸々の要素を頭の後ろに置き、
なぜ、今、そのお話を語るのか、
テラーは、自分の中のどんな気持ちが観たいのかを探っていきます。



思考で探るというより、
五感を使って感じ取る、

という方が近いのかな…。





とはいえ、結局は、
それらのテクニック的なことを総動員して掴んだ感覚を、コンダクターの「見てみましょう」の合図と共に、ぽいっと捨ててしまえることが、シャーマニックな時空間を創り出すために必要なんですけどね。



軽々と手放すために、
ギリギリまで粘って、

思考も感情もフル回転させ、
共感し、体感覚を得る。



演じる側としての、

プレイバックシアターの醍醐味は、
ここにあるのかもしれません。









わたしとあなた そして

実際にあったお話を伺い、即座に即興でその時の氣持ちを表現するプレイバックシアターを中心に、芸術的表現により心の内側を表現すること、氣持ちを分かち合い、共感し、違いを認め合い、受け入れ合う事の大切さ、寛容さを少しても広げていかれると素敵…という想いをつらつらお伝えするブログです。